ヴィパッサナー瞑想の10日間コースを受けてきました!
10日間、ひたすら瞑想だけをするこの生活、
究極のシンプルライフで、出家気分が味わえまっす♪うふ。
人間に生まれたからには一度はやってみたい、出家。
なんつったって、煩悩があるのは人間だけさ~。
煩悩が溜まりきっていたわたしには、時期的にもピタッとはまり、
めちゃめちゃ濃い体験ができました。
今も日々の瞑想、続けています。
ヴィパッサナー瞑想は2種類あって、
わたしがやっているのは、ゴエンカ氏が教えている方法。
自分が「瞑想」という言葉から連想してたものとはちょっと違っていて、
自己観察を通して、落ち着きを取り戻すという点では同じだけれど、
ヴィパッサナーは、心の汚濁を取り除き、心の平和をもらたすための方法として、
「無常」を「自分の体」で体験する。
無常って、イメージとか、対象を通してだとわかりやすいけど、
自分の体で、直に、無常を感じてる、
そのことを意識するのって、あんまないと思う。
食べる→うまい→でもそれは消えていく感覚である。
見る→きれい→でもそれは消えていく感覚である。
ぶつかる→痛い→でもそれは消えていく感覚である。
全ての感覚は生じ消えていく。
そのことを体感することで、嫌悪や執着をなくしていく。
全ては通り過ぎていくことを、体が知り、
脳での考えとしてではなく、心と体が自然と手放していくのだ。
心の縛り目を。ひとつひとつ…。
そしてそのことを繰り返し体感していくことで、
人生の浮き沈みにあっても、
常に落ち着いた心持ちでいられるようになる、というもの。
それが具体的にどういう体感になるかというと、
痛みになって現れることが多い。
瞑想中、急にどっかがめっちゃ痛くなる。でも病気でもないし…原因不明。
コース後に聞いたら、みんなこれを経験していた。
あとは普段、体の感覚に無頓着な人は、無感覚として体験する。
心のこわばりはそのまま、体のこわばりになる。
それを取り除くことが、まずは必要なんだろう。
感じることができれば、体は話しはじめてくれる。
それを体験するために、まず、心身ともに静の状態を作り出す。
9日間は、完全なる沈黙の状態をつくるので、コミュニケーションはNG。
外界との接触はなし。携帯も本もなし。
人と話すことも、アイコンタクトもしないし、
読むことも、書くこともしない。
脳みそが無…。
「奇跡の脳」というノンフィクションの本があって、
脳科学者が脳卒中によって右脳だけの世界を生きるようになり、
その後回復していくまでが描かれている本なのだけど、
その世界観に近い気がする。
過去や未来という時間感覚や、言葉による思考がなくなると、
脳の中に静けさが降りてきて、幸せに感じる。
宗教で「この瞬間にあることが大事」とはよく言われるけれど、まさにそれ。
その場にいて、感じていることだけが、すべて。
もちろんコースの間も、しょーもない悩みがいっぱい出てくる。
足は痛いし、お腹も減るし、
朝の4時半から夜9時近くまで、休憩以外はほぼ瞑想してるので、
いい加減ぐだぐだになったりするし。
わたしは瞑想中一回も眠くならなかったけど(普通は眠くなると思う)、
脳が退屈すると、楽しい妄想をはじめちゃうという癖があることに、今回気づいた。
瞑想中、妄想ですごく楽しい気持ちになってきたりして、
こんな楽しいなら、わざわざ瞑想しに来なくても…って疑問感じたり。
たぶん一般的には、終わって解放されて、よかった~って感じなのだろうけど、
わたしはその沈黙の9日間が、なーんか妙に幸せだったんだよね。
夜の寝つきはめちゃ悪かったけど(意識が目覚めすぎて)、
4時起床の10分前に毎日自然と目が覚めて、
休憩時間も、ひたすら風を感じたり、風に揺れてる木々を眺めたり、
虫や鳥を眺めたり、ストレッチして体と会話したり。
言葉がなくなると体で表現したくなり、またフラダンスやりたいなーって思ったり。
唯一他の人に話しかけたかった瞬間は、夜道の草むらで蛍を見つけたとき。
「見て!蛍だよ」って。
それ以外は、話したいという欲求がまるでない自分にびっくりした。
言葉って…。
これまた「言葉のない世界に生きた男」というノンフィクションの本があって、
言葉を使わないのではなく、言葉という概念がない人の話で、とても興味深い。
人は言葉という共通の道具で考え、意思を伝え合い、
それが行動に大きく影響するという、事実。
当然過ぎて、わたしたちが意識していないもの。その不思議。
コース終了後、居残りして、仕事を手伝って、
その後またみんなで瞑想したら、
またぜんっぜん違う感覚で、おもしろかった。
参加者のお世話係をボランティアでする奉仕というのがあるのだけど、
それをやってから座ると、また違う感覚が得られるとは聞いてた。
まさにそう!!!これもまた、じっくりやってみたいなー。
パーマカルチャーもそうだけど、
自分が「大きなもののひとつである」という感覚が、いい感じで得られることは、
すごく気分が楽になることだと思う。チームワークみたいなもの。
パーマカルチャーだと、自然の中の一部である自分を感じるし、
ヴィパッサナーだと、人類愛みたいなものの一部である自分を感じる。
後は瞑想中にいろいろ見たり感じたりしたけど、
変な色眼鏡をかけてしまいそうなので、特殊そうな話はここではしません。
興味のある人は個人的に聞いてちょ~。
そして一番の変化を感じたのは、帰り道、
都会が苦手なわたくしですが、東京駅でもなんだか、
心地よくいられる自分を発見。
もう一人一緒にいた人も同じ感想。
周りに対して無感覚とは別な感じで、
なんか変に周りのことが気になったりしないの。
ざわざわした場所でも、自分の心にはざわざわがない。
不思議な感じ…。
今はそこまでの強烈さはなくなってしまったけど、
体はやっぱりあの感覚を覚えている。
その状態が訪れてくれるように、自分を整えていたい。
前はね、それを自然の中にいる、とか、好きなことをする、とか、
外側の対象に求めて、心地いい環境を作り出そうとしてたんだけど、
それを、自分の中に求めることも、はじめたって感じかな~?
ヨガとか、ボディワークに近いかな。
ちなみに瞑想中、自分の体をどうやって観察するかと言えば、
気を自分の体に巡らせ、よきも悪しきもありのままの状態を感じ取る。
普通は嫌な感覚は無視したいところだけど、そこを見るのが大事。
ダンサーやスポーツ選手はそういうのを日々繰り返してるから、
心が自然と鍛えられるのだと思う。
そんでわたしは、一点集中が大事だと思って生きてきたのだけど、
一点の感覚を感じつつも、体全体も意識してることが大事っぽい。
野生動物のように、全身で生きる。
それはただ緊張するのとは違って、心地よいものなのかもしれない。
旅の途中、いろんな環境でいろんなことを体験するうちに、
まだまだだな~自分…とつくづく感じて、
どこにいっても、何があっても、ブレない自分をつくりたい、って感じていたのだけど、
その答えをひとつ、ここに見つけた気がする。
せんろはつづく~よ~どこまでも~
2013年7月10日水曜日
2013年6月25日火曜日
シャロムでの日々
長野県安曇野市にある、宿&レストラン、シャロムヒュッテ。
ほんとは夏いっぱい働くつもりが、自分がいっぱいいっぱい過ぎて、
1か月の滞在になってしまった。残念。
でも、たくさんのことを教わったし、感じることもたっくさんあった。
そしてまた、愛しい仲間が増えた!これが一番かも。
どんな感じだった?と、これまた聞かれるので、
記憶がまだフレッシュなうちに、日々を思いつくまま切り取っておこう。
☆仕事内容
ペンションとレストランに分かれていて、わたしはペンションの方。
畑とペンション(料理、清掃)の仕事が、週に半分ずつくらい。
☆自然農
やったこと。
生ごみを毎日コンポストに。
朝一に収穫(主に葉物)。間引き。ハウスの温度調整、水やり。
雑草の除草。夏野菜の種まき、育苗用の土づくり。きゅうりの鉢上げ。
苗の発育に合わせて鉢ずらし。トマト、カボチャ、ズッキーニの定植。
さつまいもの畝づくり、定植。じゃがいも、ネギの除草、土寄せ。
田んぼの畔塗り、手植え(普通のと自然農の)
あとは…何だっけ?
畑の責任者、ぐっさんは熱き男。思ったことは全部口にする。
たくさん怒られるけど、根はやさしい。
知識ゼロのわたしにも、ちゃんと一から説明してくれる。
http://shalompension.blog.fc2.com/
一か月なんてほんのちょっとの期間だけど、それでもたくさんの場面が見れた。
方法はいたってシンプル。だけど環境は常に変化するので、実践するのは大変。
現実的にはいろんな難しさがあり、適した環境は限られるけど、
やっぱり自然農の畑は美しいと思う。その場にいると、気持ちいい。
100%実践しなくても、考え方を取り入れると、畑を好きになる率は上がると思う。
農業としては難しいけど、生活の一部としてやるならgood。
スタッフになって学ぶという方法の他に、
「自然農塾」や「農学舎」という月一回の活動を通して、自然農を学ぶこともできる。
☆アーユルヴェーダクラス 週一回
質問シートや脈診を通して、自分の体質を知る。(ちなみにわたしは、ピッタ・ヴァータ)
体質を知った上で、食を通してのバランスのとり方を学ぶ。
また周りの人の体質を知ることで、お互いの理解が深まり、コミュニケーションにもよい。
http://kitchen-pharmacy.blogspot.jp/p/ayurveda-class.html
☆安曇野たねcafe 月一回
シャロムヒュッテの創始者である、臼井さん。
彼がやっているシャンティクティという宿で行われている。
たねバンクを利用してもらうとともに、種を含めた環境問題について情報交換会をしたり。
エコツアー、アーユルヴェーダを活かしたランチ、映画上映など。
http://shalomusui.blog90.fc2.com/
↓そのとき話に出ていた、種屋さん
無農薬・無化学肥料のたねの店「たねの森」
http://www.tanenomori.org/
家庭菜園のたねの店「野口のタネ」
http://noguchiseed.com/
☆朝ヨガ
ちょうどヨガを教えられるスタッフが3人いたので、朝ヨガをスタートさせていた。
6時から1時間。交代制。
各個人のできることが、そのまま新しいワークショップを作り出したりする。
☆(イベント)野草の酵素ジュースづくり
・刻んだ野草を1.1倍の白砂糖と混ぜ、1週間毎日1回混ぜる。1週間後エキスを取り出す。
・野草は最低5種以上。多数混ぜると毒性があっても中和される。
・春は野草、秋は実ったものや根のもので作れる。
☆(イベント)寺田本家のなかじさんの発酵食講習会
・酒粕と豆乳ヨーグルトを使ったレシピ4種の、デモとお話し。
・酒粕は同量の水でペーストを作っておくと便利。すぐ使える。
・点火前に、油と野菜と少量の塩を入れる。火加減は強過ぎないこと。
どんな火加減で作ったものを食べ続けるかが、その人をつくる。
http://hakkou.org/guide/interview/minamiya
http://www.teradahonke.co.jp/
☆その他もろもろ
こういう場所ではいろんな人がやって来て、どんどん人が入れ変わっていくので、
そのときその場にいる人たちで、その場や空気がつくられていく。
わたしがいたときはちょうど、クリエイティブでスピリチュアルな感じだったかなー?
即興のピアノに合わせていきなり踊ってみたり。
いきなりパントマイムのゲームみたいなものがはじまったり。
突発的に生まれるものが、すごかった。
どんなものも、ひょうひょうとこなしていく皆が好きだった。
午前と午後でやってることや空気感が変わって、
全然別の日みたいで、時空間が飛ぶような感じになったり…。
なんだか不思議なところなんだよね~。
そしてシャロムは、インドに縁が深い。
明日から行く瞑想も、偶然にも、同じ期間同じ場所に、
他のスタッフが申し込んでるんだよね…。
まだまだこれからも、縁があるのでしょう。
偶然って!?
ほんとは夏いっぱい働くつもりが、自分がいっぱいいっぱい過ぎて、
1か月の滞在になってしまった。残念。
でも、たくさんのことを教わったし、感じることもたっくさんあった。
そしてまた、愛しい仲間が増えた!これが一番かも。
どんな感じだった?と、これまた聞かれるので、
記憶がまだフレッシュなうちに、日々を思いつくまま切り取っておこう。
☆仕事内容
ペンションとレストランに分かれていて、わたしはペンションの方。
畑とペンション(料理、清掃)の仕事が、週に半分ずつくらい。
☆自然農
やったこと。
生ごみを毎日コンポストに。
朝一に収穫(主に葉物)。間引き。ハウスの温度調整、水やり。
雑草の除草。夏野菜の種まき、育苗用の土づくり。きゅうりの鉢上げ。
苗の発育に合わせて鉢ずらし。トマト、カボチャ、ズッキーニの定植。
さつまいもの畝づくり、定植。じゃがいも、ネギの除草、土寄せ。
田んぼの畔塗り、手植え(普通のと自然農の)
あとは…何だっけ?
畑の責任者、ぐっさんは熱き男。思ったことは全部口にする。
たくさん怒られるけど、根はやさしい。
知識ゼロのわたしにも、ちゃんと一から説明してくれる。
http://shalompension.blog.fc2.com/
一か月なんてほんのちょっとの期間だけど、それでもたくさんの場面が見れた。
方法はいたってシンプル。だけど環境は常に変化するので、実践するのは大変。
現実的にはいろんな難しさがあり、適した環境は限られるけど、
やっぱり自然農の畑は美しいと思う。その場にいると、気持ちいい。
100%実践しなくても、考え方を取り入れると、畑を好きになる率は上がると思う。
農業としては難しいけど、生活の一部としてやるならgood。
スタッフになって学ぶという方法の他に、
「自然農塾」や「農学舎」という月一回の活動を通して、自然農を学ぶこともできる。
☆アーユルヴェーダクラス 週一回
質問シートや脈診を通して、自分の体質を知る。(ちなみにわたしは、ピッタ・ヴァータ)
体質を知った上で、食を通してのバランスのとり方を学ぶ。
また周りの人の体質を知ることで、お互いの理解が深まり、コミュニケーションにもよい。
http://kitchen-pharmacy.blogspot.jp/p/ayurveda-class.html
☆安曇野たねcafe 月一回
シャロムヒュッテの創始者である、臼井さん。
彼がやっているシャンティクティという宿で行われている。
たねバンクを利用してもらうとともに、種を含めた環境問題について情報交換会をしたり。
エコツアー、アーユルヴェーダを活かしたランチ、映画上映など。
http://shalomusui.blog90.fc2.com/
↓そのとき話に出ていた、種屋さん
無農薬・無化学肥料のたねの店「たねの森」
http://www.tanenomori.org/
家庭菜園のたねの店「野口のタネ」
http://noguchiseed.com/
☆朝ヨガ
ちょうどヨガを教えられるスタッフが3人いたので、朝ヨガをスタートさせていた。
6時から1時間。交代制。
各個人のできることが、そのまま新しいワークショップを作り出したりする。
☆(イベント)野草の酵素ジュースづくり
・刻んだ野草を1.1倍の白砂糖と混ぜ、1週間毎日1回混ぜる。1週間後エキスを取り出す。
・野草は最低5種以上。多数混ぜると毒性があっても中和される。
・春は野草、秋は実ったものや根のもので作れる。
☆(イベント)寺田本家のなかじさんの発酵食講習会
・酒粕と豆乳ヨーグルトを使ったレシピ4種の、デモとお話し。
・酒粕は同量の水でペーストを作っておくと便利。すぐ使える。
・点火前に、油と野菜と少量の塩を入れる。火加減は強過ぎないこと。
どんな火加減で作ったものを食べ続けるかが、その人をつくる。
http://hakkou.org/guide/interview/minamiya
http://www.teradahonke.co.jp/
☆その他もろもろ
こういう場所ではいろんな人がやって来て、どんどん人が入れ変わっていくので、
そのときその場にいる人たちで、その場や空気がつくられていく。
わたしがいたときはちょうど、クリエイティブでスピリチュアルな感じだったかなー?
即興のピアノに合わせていきなり踊ってみたり。
いきなりパントマイムのゲームみたいなものがはじまったり。
突発的に生まれるものが、すごかった。
どんなものも、ひょうひょうとこなしていく皆が好きだった。
午前と午後でやってることや空気感が変わって、
全然別の日みたいで、時空間が飛ぶような感じになったり…。
なんだか不思議なところなんだよね~。
そしてシャロムは、インドに縁が深い。
明日から行く瞑想も、偶然にも、同じ期間同じ場所に、
他のスタッフが申し込んでるんだよね…。
まだまだこれからも、縁があるのでしょう。
偶然って!?
旅
去年の5月、ヨーロッパを巡る旅からはじまった、フーテン生活。
一年くらい断続的に旅ライフを続けてみて、「どうだった?」と聞かれる。
まずひとつ確実に言えるのは、「やりつくした!」。
そして、「疲れた~」だなあ~。
肉体はすぐに変化できないのに、たくさんの変化を乗りこなし、
よくがんばってくれたなあ…と思う。
ありがたい。
もちろん、楽しかったこともたくさんあって、
インプットしたことはたくさんあり過ぎて、
たぶんそれを消化するには、まだ時間がかかる。
感じることがたっくさんで、体とは別に、心や魂もそれぞれ旅をしていて、
最後には体と中身が、ぜんぜん別っこのものになってしまっていた。
以前、わたしがアロマテラピーを習ったのは、天使のようなセラピストさんで。
「もう限界だ」とか、「今が肝心」という時には、
彼女のことがパッと思い浮かび、トリートメントをしてもらう。
そのタイミングはいつも、わたしにとっても、彼女にとっても絶妙な時期で、
そういう勘はホントにいいんだよな~!と、自分でも感心する。
今回家に戻るとき、彼女のトリートメントを予約しておいた。
受けて気づいたのは、体がめちゃくちゃ緊張していた、ということ。
疲れがピークに達していた。
マッサージをしてもらいながら、
自分の体が遠くにある感じで、体をうまく感じられていない自分に気づく。
そういうときには、「心地いい」という感覚は存在しない。
心地いい、は、体がゆるみ、リラックスしていないと、感じられない。
苦しんだり悩んだりするとき、体がそれを生み出してることがあるんだ、という発見。
人生は、自分の力でなんとかなる一部の部分と、
自分の力ではないもの、流れで進んでゆく部分が、大部分。
それがわかっているのに、流れに委ねきれない自分がいた。
心の奥底は、ずっと過去にしがみついていた。
苦しんでいれば、過去にさよならせずにいられる、とでも言わんばかりに。
それは、わたしの心がまだ修行が足りんのだなーと理解していたけど、
もう体が限界だったから、かもしれない。
旅の間は、何かに突き動かされて動いていた。
心が落ち着かないので、その流れと勢いで、どんどん進んでみた。
けど、体は無理をしていて、こわばっていた。
最後には、ハートも開かず、受け取ることが難しかったのも、わかる。
愛はいつも、いろんなとこから与えられているけれど、
それを受け取るには、自分の準備が必要なのだ。
悟り、と呼ばれるのは、それの究極のものだと思う。
生きてるだけで丸儲け、と心底感じられたら、そこには、喜びしかない。
体のゆるみ、そして、心からのリラックスが、幸せ感を生む。
マッサージで体がとろとろに溶けてしまったら、
自然と顔が笑っちゃうし、体があるってだけで、なんだかうれしくなった。
体の中に、心がちゃんと戻ってきた。ひとつになった。
それだけでこんなにうれしいことだったのだ!!!
ゆるみだすと、いろんなことが見えてくる。
自分の暮らしを探すことで、自分の道を見つけようとしていたつもりが、
いつの間にか自分じゃないものになろうと、がんばっちゃってたこととか。
なんていうか…いろいろまだまだ…なんだねえ…。
明日から瞑想合宿なので、今日はまとめの日。
と思って書きはじめたけど、ぜんっぜんっまとまんね~!
ので、これで失礼いたしますー。
人生はワンツーパンチ☆
一年くらい断続的に旅ライフを続けてみて、「どうだった?」と聞かれる。
まずひとつ確実に言えるのは、「やりつくした!」。
そして、「疲れた~」だなあ~。
肉体はすぐに変化できないのに、たくさんの変化を乗りこなし、
よくがんばってくれたなあ…と思う。
ありがたい。
もちろん、楽しかったこともたくさんあって、
インプットしたことはたくさんあり過ぎて、
たぶんそれを消化するには、まだ時間がかかる。
感じることがたっくさんで、体とは別に、心や魂もそれぞれ旅をしていて、
最後には体と中身が、ぜんぜん別っこのものになってしまっていた。
以前、わたしがアロマテラピーを習ったのは、天使のようなセラピストさんで。
「もう限界だ」とか、「今が肝心」という時には、
彼女のことがパッと思い浮かび、トリートメントをしてもらう。
そのタイミングはいつも、わたしにとっても、彼女にとっても絶妙な時期で、
そういう勘はホントにいいんだよな~!と、自分でも感心する。
今回家に戻るとき、彼女のトリートメントを予約しておいた。
受けて気づいたのは、体がめちゃくちゃ緊張していた、ということ。
疲れがピークに達していた。
マッサージをしてもらいながら、
自分の体が遠くにある感じで、体をうまく感じられていない自分に気づく。
そういうときには、「心地いい」という感覚は存在しない。
心地いい、は、体がゆるみ、リラックスしていないと、感じられない。
苦しんだり悩んだりするとき、体がそれを生み出してることがあるんだ、という発見。
人生は、自分の力でなんとかなる一部の部分と、
自分の力ではないもの、流れで進んでゆく部分が、大部分。
それがわかっているのに、流れに委ねきれない自分がいた。
心の奥底は、ずっと過去にしがみついていた。
苦しんでいれば、過去にさよならせずにいられる、とでも言わんばかりに。
それは、わたしの心がまだ修行が足りんのだなーと理解していたけど、
もう体が限界だったから、かもしれない。
旅の間は、何かに突き動かされて動いていた。
心が落ち着かないので、その流れと勢いで、どんどん進んでみた。
けど、体は無理をしていて、こわばっていた。
最後には、ハートも開かず、受け取ることが難しかったのも、わかる。
愛はいつも、いろんなとこから与えられているけれど、
それを受け取るには、自分の準備が必要なのだ。
悟り、と呼ばれるのは、それの究極のものだと思う。
生きてるだけで丸儲け、と心底感じられたら、そこには、喜びしかない。
体のゆるみ、そして、心からのリラックスが、幸せ感を生む。
マッサージで体がとろとろに溶けてしまったら、
自然と顔が笑っちゃうし、体があるってだけで、なんだかうれしくなった。
体の中に、心がちゃんと戻ってきた。ひとつになった。
それだけでこんなにうれしいことだったのだ!!!
ゆるみだすと、いろんなことが見えてくる。
自分の暮らしを探すことで、自分の道を見つけようとしていたつもりが、
いつの間にか自分じゃないものになろうと、がんばっちゃってたこととか。
なんていうか…いろいろまだまだ…なんだねえ…。
明日から瞑想合宿なので、今日はまとめの日。
と思って書きはじめたけど、ぜんっぜんっまとまんね~!
ので、これで失礼いたしますー。
人生はワンツーパンチ☆
2013年6月20日木曜日
REIKI and an internal trip
"Reiki" is a therapy to regain the physical condition by an energy. In this stay at shalom, i could practice it many times. I did it for three people in a day, after that i could sleep well but i didn't feel tired. Space energy is … so great!
The person has different energy each. My body match my wavelength to others naturally, when i touch them. It's an energy tuning. It happens also when i approach her or talk to. The feeling like a playing music together. It's very sensible and fun and deep.
When tensions run through the body of others, my body feel it immediately. I keep good energy while i feel the fear that she has. It helps various things and good training. In mental, it's same. I don't protect myself by closing my heart, but i try to keep myself by opening it. And i want to keep my love, if i can do it.
My body naturally is sensitive. It often bothered me. But now, i can use the nature for others. That's really nice! My body doesn't feel the boundary line of another person and myself clearly. It's a same thing to do for me and to do for others.
I took the class of Ayurveda in shalom. The teacher said "a break of the balance makes a disease". The body and the heart and the soul sometimes get sick. It's natural that there are various elements. So, i don't need to remove an unnecessary thing, we need just to keep the balance. Then, we recover naturally (in the case that the disease is not so serious).
I notice both good points and bad points, but don't focus on one point too much.
The looseness and relaxation is splendid!
And i reallyreally love to smile and laugh.
The person has different energy each. My body match my wavelength to others naturally, when i touch them. It's an energy tuning. It happens also when i approach her or talk to. The feeling like a playing music together. It's very sensible and fun and deep.
When tensions run through the body of others, my body feel it immediately. I keep good energy while i feel the fear that she has. It helps various things and good training. In mental, it's same. I don't protect myself by closing my heart, but i try to keep myself by opening it. And i want to keep my love, if i can do it.
My body naturally is sensitive. It often bothered me. But now, i can use the nature for others. That's really nice! My body doesn't feel the boundary line of another person and myself clearly. It's a same thing to do for me and to do for others.
I took the class of Ayurveda in shalom. The teacher said "a break of the balance makes a disease". The body and the heart and the soul sometimes get sick. It's natural that there are various elements. So, i don't need to remove an unnecessary thing, we need just to keep the balance. Then, we recover naturally (in the case that the disease is not so serious).
I notice both good points and bad points, but don't focus on one point too much.
The looseness and relaxation is splendid!
And i reallyreally love to smile and laugh.
レイキと体内旅行
体調を整えるための、手当療法「レイキ」。
今回のシャロム滞在では、レイキ修行に行ったのかも?
と思うくらい、思う存分レイキしてました。
と言ってもわたしの場合は、
マッサージとレイキが自然と混ざってしまうので、
レイキと呼んでいいのか謎だけど。てへへ。
1日で1時間を3人くらいすると、
さすがに「やりきったー!」という達成感に溢れ、よく眠れる。
それでも変な疲れはなし。
レイキって…宇宙エネルギーって…すごいっ!
中には激しく好転反応が出てしまう時もあり、
さすがに不安になって、先生にメールして相談したり。
いい勉強になったし、相談できる相手がいることは、
とてもありがたいことだな、と改めて思った。
ほんと、感謝感謝です。
もともと感覚で理解するから、習い事が向かないタイプ。
なので何かを習う時は、「誰から」習うかを重視する。
技術っていうよりも、その人のもつ素養みたいなもの。
透明感、あたたかさ、真剣さ、とか。
たぶんそれは自分の素養でもあって、
それが合うと吸収しやすいのだと思う。
なんつったって人は、
それぞれ違うエネルギーを発している。
人と触れ合うと、体は自然と波長を合わせようとする。
エネルギーチューニング。
会話だけでも、近寄るだけでも、それが起こる。
いっしょに音楽を奏でる感じ。
それはとても感覚的で、楽しくて、奥深い。
相手の体に緊張が走るとすぐにわかるし、
その相手のもつ恐れを感じながらも、
自分はよいエネルギーを保つこと。
それはかなりいい訓練で、いろんなことに役立つ。
精神的に必要なことも、限りなく同じ。
閉じることで守るのではなく、開きながらも自分を保つこと。
そしてできれば、そこに愛を注ぎ続けること。
もともとセンサーの感度がよいらしく、
そのことでたくさん嫌な思いも苦労もしてきた。
けれど、それがこういう形で昇華されるとしたら、すごくいいなー!
世のため人のためにすることは、自分が心地よく生きるためにすること。
いい人だから、ではなく、つまるところ、自分のためです。はい。
でもこういう体質だと、人と自分の境界線はあいまいなのです。
仕事というと、お金を稼ぐ手段と考えがちだけれど、
わたしにとっての仕事は、生きてく中で人としてやっていきたいこと。
必要なお金はもちろん稼ぐけど、大事なことはもっと別なところにある。
そう思って生きられる今の状況は、とてもありがたい。
シャロムでアーユルヴェーダの講義を受けているときに、
バランスの崩れが病気をつくる、という話があった。
体も心も魂も、たまに病気になる。
病気のときは余計なものがあるから、それを取り除かねば…と思っていた。
けどいろんな要素があることは、当たり前。
それは単に、バランスが崩れているだけで、
バランスが保てれば、自然と回復していく。
病気が重くない限りは。
よきも悪しきもありつつ、全てに気づき、
でも一点に焦点を当て過ぎないこと。
だから「ゆるさ」はスバラシイのだ!
だから湘南はスバラシイのだ!
だから笑いが必要なのだ!
と改めて思ったのでした。
大事なことが頭から出てくることはない。
体と自然がいつも教えてくれる。
レイキ、ここで習いました!お世話になってますー。
☆レイキヒーリング横浜(ミユコさん)
http://www.keephealing.com
http://xn--ecks1q.seesaa.net
体内旅行って言葉は、ゆる体操で教わった。
笑っちゃう体操って、サイコーだと思う。
☆大町はりきゅう治療院(ハリー)
http://omachihari.jugem.jp/?eid=44
シャロムでやってる、アーユルヴェーダのクラス。
先生であるタミさんがたまらない。
☆cooking yoga, ayurveda(タミさん)
http://kitchen-pharmacy.blogspot.jp/p/cooking-yoga.html
今回のシャロム滞在では、レイキ修行に行ったのかも?
と思うくらい、思う存分レイキしてました。
と言ってもわたしの場合は、
マッサージとレイキが自然と混ざってしまうので、
レイキと呼んでいいのか謎だけど。てへへ。
1日で1時間を3人くらいすると、
さすがに「やりきったー!」という達成感に溢れ、よく眠れる。
それでも変な疲れはなし。
レイキって…宇宙エネルギーって…すごいっ!
中には激しく好転反応が出てしまう時もあり、
さすがに不安になって、先生にメールして相談したり。
いい勉強になったし、相談できる相手がいることは、
とてもありがたいことだな、と改めて思った。
ほんと、感謝感謝です。
もともと感覚で理解するから、習い事が向かないタイプ。
なので何かを習う時は、「誰から」習うかを重視する。
技術っていうよりも、その人のもつ素養みたいなもの。
透明感、あたたかさ、真剣さ、とか。
たぶんそれは自分の素養でもあって、
それが合うと吸収しやすいのだと思う。
なんつったって人は、
それぞれ違うエネルギーを発している。
人と触れ合うと、体は自然と波長を合わせようとする。
エネルギーチューニング。
会話だけでも、近寄るだけでも、それが起こる。
いっしょに音楽を奏でる感じ。
それはとても感覚的で、楽しくて、奥深い。
相手の体に緊張が走るとすぐにわかるし、
その相手のもつ恐れを感じながらも、
自分はよいエネルギーを保つこと。
それはかなりいい訓練で、いろんなことに役立つ。
精神的に必要なことも、限りなく同じ。
閉じることで守るのではなく、開きながらも自分を保つこと。
そしてできれば、そこに愛を注ぎ続けること。
もともとセンサーの感度がよいらしく、
そのことでたくさん嫌な思いも苦労もしてきた。
けれど、それがこういう形で昇華されるとしたら、すごくいいなー!
世のため人のためにすることは、自分が心地よく生きるためにすること。
いい人だから、ではなく、つまるところ、自分のためです。はい。
でもこういう体質だと、人と自分の境界線はあいまいなのです。
仕事というと、お金を稼ぐ手段と考えがちだけれど、
わたしにとっての仕事は、生きてく中で人としてやっていきたいこと。
必要なお金はもちろん稼ぐけど、大事なことはもっと別なところにある。
そう思って生きられる今の状況は、とてもありがたい。
シャロムでアーユルヴェーダの講義を受けているときに、
バランスの崩れが病気をつくる、という話があった。
体も心も魂も、たまに病気になる。
病気のときは余計なものがあるから、それを取り除かねば…と思っていた。
けどいろんな要素があることは、当たり前。
それは単に、バランスが崩れているだけで、
バランスが保てれば、自然と回復していく。
病気が重くない限りは。
よきも悪しきもありつつ、全てに気づき、
でも一点に焦点を当て過ぎないこと。
だから「ゆるさ」はスバラシイのだ!
だから湘南はスバラシイのだ!
だから笑いが必要なのだ!
と改めて思ったのでした。
大事なことが頭から出てくることはない。
体と自然がいつも教えてくれる。
レイキ、ここで習いました!お世話になってますー。
☆レイキヒーリング横浜(ミユコさん)
http://www.keephealing.com
http://xn--ecks1q.seesaa.net
体内旅行って言葉は、ゆる体操で教わった。
笑っちゃう体操って、サイコーだと思う。
☆大町はりきゅう治療院(ハリー)
http://omachihari.jugem.jp/?eid=44
シャロムでやってる、アーユルヴェーダのクラス。
先生であるタミさんがたまらない。
☆cooking yoga, ayurveda(タミさん)
http://kitchen-pharmacy.blogspot.jp/p/cooking-yoga.html
2013年5月15日水曜日
love 愛と背骨
I try to do something for somebody, when i'm depressed. This time was hard, so i did Reiki for myself. And i got inspiration. Much energy is easy to pile up on the backbone. Maybe, i released them. That inspiration said. "Every things come from love. Every things are expressions of love."
We are simple in a childhood. Our expression of love also. But, we experience various things and have various variations of it. sweet, hot, sour, salty... we give, cover, reverse...etc...
It's difficult to become strong alone. My strength and the power of belief come out, when i think of somebody. They come over from wherever.
ここ最近は、ずぶぶ~~~んと自分にダイブしてました。
自分の悩みにはまりそうになったときは、大抵、
誰かのために何かをすることで解消しちゃうことが多いのだけど、
今回はちょうどよく(?)体調もイマイチだったので、
はまっておきたい気分で、ずっぷりいってみました。
身動き取れないくらいに。
今思えばまたしてもデトックス期だったんだろうなー。
相当落ち込んでても、人に会うとつい喜びが出てしまうので、
ほとんど気づかれません。ははは。アホだー。
甥っ子がゲラゲラ笑ってた漫画を読んで泣いてしまったので、
相当なクリアリング期だったと思われる。
ちなみにグッときたセリフはこれ。
「あいつは無敵だよ。なんでも楽しめるからな。」
これ、私の人生哲学そのものなので、うるっときちゃったのです。
ダイブ中は、体がずっしりと重く、まさに鉛のよう。
何だかわからない想いや感情のかたまりみたいなものが、
ドバドバ出てきて、非常に苦しい。
何か問題があってそれを解決する、というのとは違うので、
通り過ぎるのを待つばかりなんだけど、ひたすら耐えるのみ。
そんななので、とにかく辛いので、やっぱりあがくわけです。
で、そのあがきがけっこういいとこ突いてたりして、
ぐるぐるした考えがますますぐるぐるしたりして。あ~れ~。
いいんだか悪いんだかわからないけど、
やれるだけやる、という性質上、精一杯あがいてみる。
普段、集中力だけは自慢できるのだけど、それもどこへやら、
気が散って何も手につかない中のあがき。
これぞ、キング・オブ・あがき!って感じである。
で、時々、ザップ~ン!と波打ち際に乗り上げ、ハッと我に返る。
すと~んと感覚が降りてきて、言葉が閃くのだけど、今回は、
「すべては愛からきてるんだなー」だった。
そして、できるだけ無の状態で謙虚になりたいなーと思った。
その日はちょうど朝早く目が覚めて、
布団にゴロゴロしたまま自分の背中をレイキしていた。
背骨には奥深い記憶が溜まっていることをふと思い出し、
そこに沿ってレイキをしはじめたら、
いろんな思い出が走馬灯のようにばあーっと出てきて、
ああ、いろんなカタチになって表れるけど、
すべては愛からきてるんだなー、と閃いた。
子供の頃はシンプルだし、愛の表現もシンプル。
でもいろんなことを体験して、いろんなバリエーションができ、
愛の表現も、甘かったり、辛かったり、
酸っぱかったり、しょっぱかったりするんだな~。
そのまま出してみたり、隠してみたり、裏返してみたり。
それは自分も他の人も同じで…。
体調が治り元気が出てくるにつれて、
友だちに会ったら、すごくありがたいなと思えた。
ただ通り過ぎるだけではなく、ちゃんと向き合うと、
どの人もそれぞれの想いを抱えて、日々を生きている。
想いの内容は人それぞれ、どれもその人にとって、大事な想い。
それでも何とか立っているみんなの姿を見て、
会った人、話題に出た人、
み~~~んな幸せになってほしいなーと心底思った。
自分ひとりで強くなるのは難しい。
強さも、信じる力も、
誰かを想ったときに、どこかからやってくる。
幸せになってほしい人がたくさんいることは、
ほんとうにありがたい。
そしてそれを直接届けられたら、
ほんとうにうれしい。
愛やエネルギーは時空を超えて伝わるので、
そこに肉体は必要ないように思える。
けれど、同じ場所でいっしょに時を過ごしたり、
体で伝え合う愛ってもんは、ほんとーにスバラシイ!
これが、肉体を持って生きている醍醐味だなーと思う。
背骨に溜まるエネルギーについて、わかりやすい説明発見!
http://homepage2.nifty.com/marea/beauty/beauty1005.html
We are simple in a childhood. Our expression of love also. But, we experience various things and have various variations of it. sweet, hot, sour, salty... we give, cover, reverse...etc...
It's difficult to become strong alone. My strength and the power of belief come out, when i think of somebody. They come over from wherever.
ここ最近は、ずぶぶ~~~んと自分にダイブしてました。
自分の悩みにはまりそうになったときは、大抵、
誰かのために何かをすることで解消しちゃうことが多いのだけど、
今回はちょうどよく(?)体調もイマイチだったので、
はまっておきたい気分で、ずっぷりいってみました。
身動き取れないくらいに。
今思えばまたしてもデトックス期だったんだろうなー。
相当落ち込んでても、人に会うとつい喜びが出てしまうので、
ほとんど気づかれません。ははは。アホだー。
甥っ子がゲラゲラ笑ってた漫画を読んで泣いてしまったので、
相当なクリアリング期だったと思われる。
ちなみにグッときたセリフはこれ。
「あいつは無敵だよ。なんでも楽しめるからな。」
これ、私の人生哲学そのものなので、うるっときちゃったのです。
ダイブ中は、体がずっしりと重く、まさに鉛のよう。
何だかわからない想いや感情のかたまりみたいなものが、
ドバドバ出てきて、非常に苦しい。
何か問題があってそれを解決する、というのとは違うので、
通り過ぎるのを待つばかりなんだけど、ひたすら耐えるのみ。
そんななので、とにかく辛いので、やっぱりあがくわけです。
で、そのあがきがけっこういいとこ突いてたりして、
ぐるぐるした考えがますますぐるぐるしたりして。あ~れ~。
いいんだか悪いんだかわからないけど、
やれるだけやる、という性質上、精一杯あがいてみる。
普段、集中力だけは自慢できるのだけど、それもどこへやら、
気が散って何も手につかない中のあがき。
これぞ、キング・オブ・あがき!って感じである。
で、時々、ザップ~ン!と波打ち際に乗り上げ、ハッと我に返る。
すと~んと感覚が降りてきて、言葉が閃くのだけど、今回は、
「すべては愛からきてるんだなー」だった。
そして、できるだけ無の状態で謙虚になりたいなーと思った。
その日はちょうど朝早く目が覚めて、
布団にゴロゴロしたまま自分の背中をレイキしていた。
背骨には奥深い記憶が溜まっていることをふと思い出し、
そこに沿ってレイキをしはじめたら、
いろんな思い出が走馬灯のようにばあーっと出てきて、
ああ、いろんなカタチになって表れるけど、
すべては愛からきてるんだなー、と閃いた。
子供の頃はシンプルだし、愛の表現もシンプル。
でもいろんなことを体験して、いろんなバリエーションができ、
愛の表現も、甘かったり、辛かったり、
酸っぱかったり、しょっぱかったりするんだな~。
そのまま出してみたり、隠してみたり、裏返してみたり。
それは自分も他の人も同じで…。
体調が治り元気が出てくるにつれて、
友だちに会ったら、すごくありがたいなと思えた。
ただ通り過ぎるだけではなく、ちゃんと向き合うと、
どの人もそれぞれの想いを抱えて、日々を生きている。
想いの内容は人それぞれ、どれもその人にとって、大事な想い。
それでも何とか立っているみんなの姿を見て、
会った人、話題に出た人、
み~~~んな幸せになってほしいなーと心底思った。
自分ひとりで強くなるのは難しい。
強さも、信じる力も、
誰かを想ったときに、どこかからやってくる。
幸せになってほしい人がたくさんいることは、
ほんとうにありがたい。
そしてそれを直接届けられたら、
ほんとうにうれしい。
愛やエネルギーは時空を超えて伝わるので、
そこに肉体は必要ないように思える。
けれど、同じ場所でいっしょに時を過ごしたり、
体で伝え合う愛ってもんは、ほんとーにスバラシイ!
これが、肉体を持って生きている醍醐味だなーと思う。
背骨に溜まるエネルギーについて、わかりやすい説明発見!
http://homepage2.nifty.com/marea/beauty/beauty1005.html
2013年5月5日日曜日
PC_the edge, variety, combination エッジ、多様性、組合せ
I have thought that wild nature have many kinds of creatures. But it's not true. The edge between human living places and wild nature. It's a full world. Tidal flats also. Many kinds of plants and animals can live there. Developing a natural often lose the edge. In the world of the straight line, there is no ambiguity and no diversity.
自然は深ければ深いほど豊かになるのではなく、
人間の住む世界と野生の自然の間にある境目、
エッジの部分に豊かな世界が生まれる。
里山も干潟もエッジ。
植物も動物もたくさんの種類がそこには生息できる。
自然を整備することは、そのエッジをなくしてしまうことが多い。
直線の世界にはあいまいさがなく、多様性もなくなっていく。
By the combination of trees in a garden, space is used in three dimensions. It make shade and the different environment. When you create a pond in combination with a tree, another creatures can live there. A spiral garden has difference of height. It changes the humidity of the soil. Various plants can be growed there. We can find the pattern of shapes in the nature and understand the meaning. We can make something with using the pattern. Trees and leaves and flowers have full of functional beauty.
畑に木を組み合わせると、空間が2次元から3次元に使われる。
日陰ができ、環境が変わる。
木と組み合わせて池を作ると、そこにまた別の生物が住める。
スパイラルガーデンも、螺旋形で高低差があることで、
水の流れと土の湿度の変化を利用し、多様な植物が育てられるようになっている。
自然の中にある形状、そのパターンを見つけ、その意味を理解することで、
そのフォルムを利用してものを作ることができる。
木も葉も花も、機能美に満ちている。
In the permaculture garden, we plant lots of perennials. We will create a stable and hassle-free environment. They grow with good combination plant called Companion Plants. They help each other.
We make a plan that the space and time and roles have the multiplicity. The functional system is automatically worked. We put the time and effort in the Introduction. It leads to save trouble later on.
パーマカルチャーの畑では、多年草をたくさん植え、
安定し手間のかからない環境を作っていく。
コンパニオンプランツと呼ばれる組合せのいい植物同士を一緒に育て、
互いに助け合うようにする。
そうやって、空間、時間、役割に多重性をもたせることで、
自動的に機能するシステムが作られる。
はじめに手をかけることは、後々の手間を省くことにつながる。
At a place where the creatures act naturally, i can feel life force and good feeling. We can plan for others by love and wisdom. We have a ability for creating a beautiful harmonic place. From a teenager, i have doubted that human being is necessary for Mother Earth. But now, i can feel a hope for human being and me.
生き物たちが自然の営みを続けている場所は、生命があり、気持ちのいい場所。
自然の豊かなところへ行き恩恵を受けるだけでなく、
より美しい場所を作る能力も、人は持っているのだ。
10代からずっと、人間という生き物が地球に必要だと思えなかった。
でもこのことを知って、人間という生き物である自分に希望を感じられた。
自然は深ければ深いほど豊かになるのではなく、
人間の住む世界と野生の自然の間にある境目、
エッジの部分に豊かな世界が生まれる。
里山も干潟もエッジ。
植物も動物もたくさんの種類がそこには生息できる。
自然を整備することは、そのエッジをなくしてしまうことが多い。
直線の世界にはあいまいさがなく、多様性もなくなっていく。
By the combination of trees in a garden, space is used in three dimensions. It make shade and the different environment. When you create a pond in combination with a tree, another creatures can live there. A spiral garden has difference of height. It changes the humidity of the soil. Various plants can be growed there. We can find the pattern of shapes in the nature and understand the meaning. We can make something with using the pattern. Trees and leaves and flowers have full of functional beauty.
畑に木を組み合わせると、空間が2次元から3次元に使われる。
日陰ができ、環境が変わる。
木と組み合わせて池を作ると、そこにまた別の生物が住める。
スパイラルガーデンも、螺旋形で高低差があることで、
水の流れと土の湿度の変化を利用し、多様な植物が育てられるようになっている。
自然の中にある形状、そのパターンを見つけ、その意味を理解することで、
そのフォルムを利用してものを作ることができる。
木も葉も花も、機能美に満ちている。
In the permaculture garden, we plant lots of perennials. We will create a stable and hassle-free environment. They grow with good combination plant called Companion Plants. They help each other.
We make a plan that the space and time and roles have the multiplicity. The functional system is automatically worked. We put the time and effort in the Introduction. It leads to save trouble later on.
パーマカルチャーの畑では、多年草をたくさん植え、
安定し手間のかからない環境を作っていく。
コンパニオンプランツと呼ばれる組合せのいい植物同士を一緒に育て、
互いに助け合うようにする。
そうやって、空間、時間、役割に多重性をもたせることで、
自動的に機能するシステムが作られる。
はじめに手をかけることは、後々の手間を省くことにつながる。
At a place where the creatures act naturally, i can feel life force and good feeling. We can plan for others by love and wisdom. We have a ability for creating a beautiful harmonic place. From a teenager, i have doubted that human being is necessary for Mother Earth. But now, i can feel a hope for human being and me.
生き物たちが自然の営みを続けている場所は、生命があり、気持ちのいい場所。
自然の豊かなところへ行き恩恵を受けるだけでなく、
より美しい場所を作る能力も、人は持っているのだ。
10代からずっと、人間という生き物が地球に必要だと思えなかった。
でもこのことを知って、人間という生き物である自分に希望を感じられた。
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